千歳町駅 (北海道)

千歳町駅
千歳町駅(2009年5月)
千歳町駅(2009年5月)
ちとせちょう - CHITOSECHŌ
昭和橋 (0.3km)
(0.3km) 新川町
所在地 北海道函館市千歳町、新川町
北緯41度46分32.82秒
東経140度44分17.21秒
座標: 北緯41度46分32.82秒 東経140度44分17.21秒
所属事業者 函館市企業局交通部
所属路線 湯の川線
キロ程 5.3km(湯の川起点)
駅構造 地上駅(停留場)
ホーム 2面2線
開業年月日 1913年6月29日

千歳町駅(ちとせちょうえき)は、北海道函館市千歳町27番地先、新川町23番地先にある函館市企業局交通部(函館市電)湯の川線の停留場である[1]。この項目では函館水電株式会社(後に帝国電力株式会社に社名変更)時代にあった新川車庫も述べる。

目次

駅構造

  • 2面2線の相対式ホーム
  • 2007年3月に電車3両より1両へ復線ホームの短縮工事が行われた。

新川車庫

  • 1913年大正2年)6月29日の東雲町(後の労働会館前) - 湯川間の電化に先立ち、当時の東川橋停留所から引き込み線が設けられ、馬車鉄道時代の車庫に代わる施設として「新川車庫」が開設された。
  • 車庫の建物は旧函館区公会堂を手がけた北海道屈指の工事請負人村木甚三郎の手による[2]
  • 1926年(大正15年)1月20日、新川車庫火災により電車31両と共に焼失したものの、再建された。出火発見時刻は22時32分。車庫一棟の他ペンキ工場一棟が焼失。原因は48号(ボギー車)のポールの取り外し忘れによる漏電が最有力。重傷者は1名[3][4][5]
    • 焼け残った台車などの部品と自社で新造した100形と同型の車体を組み合わせた車両を製作し既存の100形へ編入したほか、当時唯一の大型ボギー車であった50形の車体を再生した。
    • また、車庫火災後に東京市電気局より急きょ導入したものの、車体の老朽化が著しかった200形(初代)の車体を前述の100形と同型の車体に載せ替える車体更新を行い、こちらも100形へ編入した。
  • 1934年3月21日函館大火により再度焼失。
    • 車庫と工場の機能は函館大火後は駒場車庫及び柏木車庫に分散する形となる。
    • 現在、新川車庫の跡地には帝国電力の後身である北海道電力の函館支店が建っている。

当停留所付近にあった函館水電の施設に関して

  • 本停留所周辺には「水電電車事務所」などがあったが、こちらも昭和9年の函館大火により焼失。
    • 大火後は仮の事務所が東雲変電所の隣や新川町内に一時的に設けられたものの、1936年4月6日には新設された柏木車庫に新たな事務所が設けられたこともあり、新川車庫の施設と同様に再建されることはなかった[6]
    •  なお、柏木車庫に置かれた事務所の建物は1943年(昭和18年)11月1日の函館市役所交通局発足に合わせて交通局の本庁舎となり、1974年(昭和49年)4月19日の柏木町庁舎・車庫閉鎖時まで使用された。

駅周辺

歴史

隣の駅

函館市企業局交通部
湯の川線
昭和橋駅 - 千歳町駅 - 新川町駅

脚注

  1. ^ 日本鉄道旅行地図帳 1号 北海道』 今尾恵介新潮社エラー: この日付はリンクしないでください。]]、25頁。ISBN 978-4-10-790019-7
  2. ^ 村木甚三郎はこだて人物誌 函館市 2011年2月3日閲覧
  3. ^ 函館毎日新聞 夕刊 1926年1月21日
  4. ^ 函館毎日新聞 朝刊 1926年1月22日
  5. ^ 函館日日新聞 1926年1月21日
  6. ^ 市電50年のあゆみ 89ページ 2011年2月18日閲覧

関連項目

外部リンク

  • 停留場情報 - 千歳町(函館市企業局交通部)


最終更新 2012年5月5日 (土) 21:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【千歳町駅 (北海道)】変更履歴

注目キーワード